“場”と香りの美学 KITOWA with Luxury Vol.6 AMATA「委ねる時間の空気 ── 南青山、看板のない5階で」

“場”と香りの美学  KITOWA with Luxury Vol.6 AMATA「委ねる時間の空気 ── 南青山、看板のない5階で」

香りは、空間に流れる時間の質をそっと整えるもの。KITOWAは、そんな時間の質に寄り添う香りを大切にしてきました。ひとつの香りが、空間の温度や記憶の深さを変えていくように。目に見えない“気配”の美しさを、現代のライフスタイルのなかへ届けてきました。

本連載「KITOWA with Luxury」では、美意識と感性によって選ばれる“場”と香りの関係を探ります。
Vol.6は、南青山。ビルの5階に看板を出さず、2002年のオープン以来、一店だけで続けてきたヘアサロン「AMATA」。オーナーでビューティ・プロデューサーの美香さんに、髪を委ねる時間、その空気をつくるものについて伺いました。

Interviewee_
ヘアサロン AMATA 代表/ビューティ・プロデューサー 美香さん

ヘアサロン AMATA 代表 美香さん

©FUKAYA Yoshinobu / auraY2

2002年、ファッションデザイナーから転身し、大人のためのヘアサロン『AMATA』をオープン。美容業界をはじめ、幅広い分野の人々から支持を集めるサロンオーナーとして、その独自の美意識に注目が集まる。
本物を見極める探究心と豊かな審美眼を生かし、製品プロデュースやコンサルティング、メディア出演、トークショー・講演など多方面で活躍。毛髪診断士指導講師としての専門性も持ち、時代のニーズを捉えながら、新しい美容の価値を提案し続けている。

 

南青山、ひとつの場所で育ててきたもの

エレベーターを降りても、大きな看板はない。扉の向こうに広がるのは、白、ステンレス、木で構成された明るい空間。大きな窓の先には緑が広がり、南青山の街の音がふっと遠のく。
美容室は1階か2階にあるもの──そんな常識のなかで、美香さんは5階を選び、看板を出さずに店を始めた。

白、ステンレス、木で構成されたAMATAの店内

── もともとはファッションの世界にいらした美香さんが、美容の世界へと進まれたのは、どのようなきっかけからだったのでしょうか。

「夫が美容師だったこともあり、これからのことを考えるなかで、美容の仕事を続けていこうという話になりました。それなら私は、美容室の経営をやろう、と。私自身は美容業界の経験もなく、お客様もノウハウもない、まったくゼロからのスタートでした。だからこそ、既にあるものをなぞるのではなく、世の中にないものをつくろうと思いました。」

── 場所を南青山と決めていたのは、なぜでしょうか。

「以前勤めていたアパレルの会社が南青山にあり、この街の空気をずっと見てきました。表参道はすでに賑わっていましたが、一本入ると静かで、大人がゆっくり過ごせる。そういうサロンをつくるなら南青山だと思って、この辺りの物件は本当にたくさん見ました。」

── サロンは5階。しかも看板を出さない。オープン当時はかなり大胆な選択だったのではないでしょうか。

「無謀でした(笑)。美容室は1階、2階が当たり前の時代に5階ですから。しかも、看板も出さない。美容室だと大きく主張するのではなく、『ここは何だろう』と感じてもらうところから始めたかったんです。」

── 空間デザインは、Wonderwallの片山正通さんに依頼されたそうですね。どのような空間をつくりたいと伝えられたのでしょうか。

「細かな注文はあまりしませんでした。ホテルのような空気感で、白とステンレスと木を使ってほしい、と。サインについても、何も出さなくていい、窓に小さなシールだけで、とお願いしたら、片山さんにも、本当に何も出さなくていいの?と驚かれました。」

── 2002年のオープン以来、一店だけを続けてこられました。多店舗化を選ばなかった理由は何でしょうか。

「店舗を増やすと、どうしてもサービスの濃度が薄まると思い、AMATAにしかない濃さを大切にしたかったんです。大将がいた頃はよかった、と言われるお店にはしたくなかった。私自身も店にいて、お客様のことを知り、スタッフと一緒につくっていく。その距離感を守りたいと思っています。」

髪を委ねる時間に、心までほどけていく

── お客様が椅子に座り、髪を委ねる。その時間のなかで、最も大切にされていることは何ですか。

「まず、その方が何に悩んでいらっしゃるのかを、できるだけ早く汲み取ることです。AMATAには美容師だけでなく、それぞれの分野を専門にするスタッフもいます。安心して委ねていただくことで、その方に合う道筋を早く見つけられるようにしています。」

── 技術や商材についても、かなり厳しく選ばれているそうですね。

「髪のクオリティを大切にされるお客様が来てくださっているのに、そこを度外視して利益を優先することはしたくありません。同じ商材を使っているお店がたくさんあるなかで、AMATAのトリートメントは違う、と感じていただくには、最後は技術だと思っています。」

── 美香さんご自身が、今も日々お店に立っていらっしゃることも、AMATAらしさにつながっていますね。

「電話も取りますし、レジにも立ちます(笑)。でも、長く通ってくださるお客様が、元気でした?と声をかけてくださる。そういう会話や安心感も、この仕事の大切な一部だと思っています。」

AMATAの店内

小さな変化が、いつもの空間を新しくする

AMATAの空間は、完成したまま保存されているわけではない。生花は毎日、絵やひざ掛けは月ごとに変わる。24年続く空間の“鮮度”は、小さな更新の積み重ねによって保たれている。

── 空間の鮮度を保つために、日々意識されていることはありますか。

「自分たちの感度が落ちると、お店も濁ってくると思っています。時間があればインテリアショップを見て、AMATAに合いそうなものを探します。面白いのは、スタッフが、それはAMATAじゃない、と言ってくれること。みんなの審美眼が揃っているのが嬉しいですね。」

── 生花を毎日替えられているのも印象的です。

「パウダールームまで、毎日生花を替えています。観葉植物や造花だけではなく、私たちは“生きているもの”を見ていたいんです。」

── 絵やひざ掛けも月ごとに変えられているそうですね。

「その月のテーマに合わせて絵を替え、ひざ掛けも12色を使い分けています。月に一度いらっしゃるお客様が、次に来た時には少し違う。その小さな変化も楽しんでいただけたらと思っています。」

香りがつくる、自分だけの静かな時間

AMATAとKITOWAの香り
AMATAとKITOWAの香り

── KITOWAの香りを長くご愛用いただいています。美香さんにとって、どんな存在でしょうか。

「コンセプトのある“静寂の良さ”でしょうか。KITOWAの香りは、空気を凛とさせてくれますよね。日本の奥ゆかしさのようなものが、日本人の心にも響く気がします。」

── 木の香りを、そのまま強く感じるということではないのですね。

「そうですね。檜なら檜だけがダイレクトに来るのではなく、花の華やかさと組み合わさって、木の香りもまた華やいでいく。時間とともに変化していく、その流れがとても好きです。」

── 香りを纏う時、どんな感覚になりますか。

「使う時は、まるでお香を焚いているような気持ちになります。空気を少しくぐらせているような、見えないものに向かっているような感覚。畳の上で瞑想するような時間を、香りでつくることができる。そんな感覚があります。」

── 数多くの美容や香りのプロダクトをご覧になってきたなかで、KITOWAを手元に置き続けてくださっている理由は何でしょうか。

「出回りすぎていないところも好きです。大切に、行き着いた先にあるものという感じがする。どこにでもあるものになると、そのブランドらしさが薄れてしまうこともありますから。自分を見つめ直したい時に使いたくなる、大人の余韻が残る香りだと思っています。」

── 特にお好きな香りはありますか。

「檜とヒバです。特にヒバの少しピリッとした感じが好きで、針葉樹の景色が浮かびます。苦みや深み、甘みがきれいに重なっていて、緑と向き合えるような感覚があります。着物を着る時、友人と出かける時、仕事を切り替える時など、シーンによって香りを替えています。」

KITOWAの香り

香りに向き合い、五感を澄ませた時間

昨年、美香さんはKITOWAの案内で初めて香道を体験した。書道、華道、茶道──“道”のつくものには親しんできた美香さんにとっても、香道の席はまったく異なる時間だったという。

── 実際に香道の席に座って、どんなことを感じられましたか。

「五感を研ぎ澄ませて座らないと分からない世界だと思いました。頭をクリアにして、そのものに集中していく。何かを感じたい時や、本当に落ち着きたい時には、とてもいい時間だと思います。」

── 普段の生活のなかで香りを感じるのとは、違いましたか。

「まったく違いました。非日常でしたね。自分が整っていないと、その席に行ってはいけないような気がしました。ちゃんと心を落ち着かせてから向き合わなければ、と。」

── そのなかで、特に印象に残った香りはありましたか。

「やはり伽羅ですね。一本焚いただけで、とてつもなく空気が変わる。その力に驚きました。香りそのものだけではなく、場の空気まで変えてしまうんですよね。」

変わらないために、変わり続ける

── 最後に、これからのAMATAについてお聞かせください。

「大きな夢を掲げるというより、今あるものをもっと素敵にアップデートしていきたいです。現状維持ではなく、鮮度を落とさないこと。AMATAには、まだできていないことがあると思っています。人も育てながら、その部分をきちんと磨いていきたいです。」

── 長く続く場所だからこそ、変わらないために変わり続ける必要があるのでしょうか。

「そう思います。建物や設備は時間とともに古くなっても、『やっぱりここがいい』と思っていただける場所はありますよね。最後は、人とのセッションと空気感だと思います。サービスの質が下がれば、お客様は離れてしまう。だから地に足をつけて、いつでもお客様に寄り添える場所であり続けたいです。」


生花は毎日替わり、絵とひざ掛けは月ごとに替わる。完成した空間を守るのではなく、手を入れ続けることで鮮度を保つ。
香りもまた、その時々に立ち上がり、やがて消えていくもの。
美香さんが私的な時間に香りで自分の空気を整えることと、南青山の5階で、お客様が安心して身を委ねられる時間をつくり続けてきたこと。その根にあるのは、同じ美意識なのかもしれない。

「自分が整っていないと、その席に行ってはいけないと思った」。
香道の体験を振り返るその言葉は、AMATAという場所をつくる姿勢にも静かに重なる。

看板のない5階で、今日もまた、空気の鮮度が整えられている。


ヘアサロン AMATA

ヘアサロン AMATA(アマータ)

東京都港区南青山6-4-14 INOX AOYAMA 5階
TEL:03-3406-1700
営業時間:
月・木・土・日・祝 10:00~19:00
金 11:00~20:00

Instagram: @hairsalon_amata

Photo_野呂知功 (TRIVAL), Text & Edit_KITOWA